こんにちは、camitamanです♪
今回のParisの美術館は、オランジュリー美術館 Musee d'Orangerieです♪

長年この美術館を訪れることがcamitamanの夢の一つでした♪
2001年にParisに留学していたときはもうすでに、このオランジェリー美術館はリニューアルのため閉館していたんです。
そして今回の渡仏の際、何度か訪れようと挑戦したものの…長蛇の列に断念しまくりだったcamitamanだったのです…(-。-) ボソッ
でもでも行ってきましたよ♪
『オランジェリー美術館』
『オランジェリー美術館』
『オランジュリー美術館』
なぜこんなにオランジュリー美術館にこだわるのか…というと
やっぱりモネの『睡蓮』をこの目で見たい!!
やっぱりモネの『睡蓮』をこの目で見たい!!
やっぱりモネの『睡蓮』をこの目で見たい!!
この一言に尽きますね♪
〜 オランジュリー美術館の歴史 〜
1853年、ナポレオン3世の要請で、チュイルリー宮の主席建築家であったフィルマン・ブルジョワが、チュイルリー庭園の脆弱な植物を越冬させるためのオランジュリー(温室)を建設しました。
1873年以降は、犬の品評会から宴会または高等専門学校の入学試験にいたるまで、あらゆる行事の会場となったりしました。
1921年には、オランジュリーは、リヴォリ通りに沿って建設された、対のジュー・ド・ポームと共に国立博物館に割り当てられることになりました。
建築家カミーユ・ルヘーヴルが2つの展示室を整備し、落成したのは1927年です。
ココは1922年にクロード・モネが国家に寄贈した『睡蓮』を展示するためで、建物の西側は企画展のために使われました。
1934年の『17世紀フランスにおける現実の画家たち』に捧げられた展覧会や、連合軍がドイツから取り戻したフランスの個人所蔵品の傑作を集めた1946年の展覧会のように、100以上もの輝かしい行事が開催されました。
1951年、モネ没後25年記念がオランジュリーで行われ、『睡蓮』鑑賞者数の記録が塗り替えられました。
オランジュリーはプチ・パレと共に、パリの優れた展覧会場として印象は点が頻繁に行われています。
さ〜さ〜、中に入ってモネの『睡蓮』の見学に行きましょう♪
\(^O^)/ ワ〜イ
\(^O^)/ ワ〜イ
\(^O^)/ ワ〜イ
中に入り、そのまま真っ直ぐ進んでいくと。
目に入ってきたのは!!
円形ホールの壁一面に『睡蓮』が!!
(ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ-
(ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ-
(ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ-
『朝』


コレ、一枚の絵なんです♪
(横に並べて表示できれば…パノラマで見られるのになぁ〜)
(ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ-
(ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ-
(ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ-
『雲』


ため息が…。
『日没』

『2本の柳』

『朝.no2』

『緑の反映』


モネは『ボクはボクの睡蓮の理解に時間をかけた。描こうとは思わずに育てた。(…)たった一日で誰かに風景が浸透することは無い。』と言っています。
『睡蓮』という語彙は、どこに由来するのか?それは、特にロマン派を筆頭する作家達を魅了した水生植物、白スイレンの学術名です。


このオランジェリー内の楕円形の展示室2つを設計した建築家カミーユ・ルフェーヴルは、2重楕円で結びつけ、鑑賞者に空間的にも時間的にも美しい、自然光で照らされ、壁に直接糊付けされた『睡蓮』の一群をみせてくれています。
camitamanは大満足です♪
だってだって、このモネを見たくて見たくて早6年。
やっとそれを実現できた、自分目でモネの『睡蓮』の一連を見ることが出来て、大満足しています♪
このオランジュリー美術館はぜひぜひ訪れてもらいたいParisの美術館の一つです♪
camitaman
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スイレン}スイレン属(−ぞく、英:water lily、学名:Nymphaea)は、スイレン科の属の一つで、水生多年草の総称。単にスイレン(睡蓮)ということが多い。水位が安定している池などに生息し、地下茎から長い茎を伸ばし、水面に葉や花を浮かべる。葉は円形から広楕円形で円
2007/09/30(日) 17:59:18 | 植物辞典


