FAIRE PART de France ~ camitaman ~

フランスが大好きなcamitamanからキラキラな毎日を♪ 2006年11月、フランス・ワーホリ開始です♪

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☆ストラスブール旅行記 Part1☆


こんにちは、camitamanです♪

今日、みっちゃんと、フランス北東部のアルザス地方中心都市
“ストラスブール(Strasbourg)”へ行ってきました♪

なぜストラスブールへ行ってきたかのかというと…いろいろ理由があるんですけどね!!(苦笑)
今回のみっちゃん旅行期間は2週間というロング・ステイなので、
Parisだけではなくほかの都市へも足を延ばそう♪計画を立てていたんで~す♪
例えば隣接するイタリアとかスペイン、ロンドンect...

た~だぁ~、それでもなくてもユーロ高な昨今。
いろいろな近国への旅費を調べてみたのですが、思いのほか高かった…(-。-) ボソッ
と、いうこともあり、
フランス国内のどこかへ行ってみよう♪ということになったんです♪

『フランスのどこへ行こうかぁ♪』ってみっちゃんと話し合いました♪
こういう計画を立てるって事もすんごく楽しくて、
旅行の醍醐味の一つですよね♪テヘ

Parisの風景とは違う雰囲気のある場所を探しました。
アルザス地方へ行ってみよう♪ってことになったんです。

みっちゃんに教えてもらったんですけど、フランスのアルザス地方って
ジブリシリーズの『ハウルの動く城』の舞台のモデルになったらしいですね!!
知らなかったぁ~…。

しかもストラスブールは、ドイツ国境沿いということもあり、
Parisとは全く違う景色だし、街のいたるところでドイツの香りを感じることが出来る街だからです♪

実は、2001年のクリスマスの頃、camitamanは友人とストラスブールのクリスマス市へ行ったことがあるんです♪
た~だ、真冬で雪も降っていたということもあり、あまりストラスブールを覚えていないんです…ダサっ!!
ヴァン・ショ(Vin Chaud ホットワイン)を飲んで体を温めた、
そしてクリスマス市の規模にびっくりした!!
プチット・フランスがかわいかった、
って言うくらいな曖昧な思い出…なんです。
いやぁ~、マジで寒すぎたんですよ!!前回のストラスブールは!!

言い訳はこの辺にしておきますね♪(苦笑)

ストラスブール行きが決定したので、今度は鉄道のチケットを購入しなくては!!ってことで、インターネットでパリ⇔ストラスブール特急のチケットを購入♪

詳細はコチラをご覧下さいね♪

TGV(新幹線) パリ⇔ストラスブール間は今現在はまだテスト中なので、
特急電車(4時間ちょっと)で行くことになりました♪
ちなみに2007年6月10日より、TGV東線が開業するので、
パリ⇔ストラスブールが2時間20分になります。

た~だ~、激安チケットを入手することができたので、大満足です♪

詳細はコチラをご覧下さいね♪


さてさて、『ストラスブールってなに?どこ?』という質問にお答えして。

~ ストラスブールの歴史 ~

現在のストラスブールがある場所には、陸上と水上の交通が接するという地の利のよさから、青銅器時代より猟師達の集落が存在していました。
ストラスブールが政治経済的に上昇し始めるのは1100年以降です。
活動的で進取の精神に富んだ新興中産階級が1262年、中世から街の政治的権力を握っていた司教の保護から街を開放するのに成功しました。
経済の繁栄とともに街は幾度も境界を広げ、人口も増加していきました。

15世紀に街は同業組合の代表委員が答辞する共和国となりました。
ストラスブールは宗教改革派を直ちに支持したことから、この街は改革派の拠点のひとつでした。
改革派思想家や伝道師、スイス、イタリア、フランスから追放された信者らを大勢受け入れたため、街の文化的生活はおおいに盛り上がりを見せました。

しかし、街の内部抗争、ヨーロッパ中北部の大国間の戦争のため、16世紀末から政治的な衰退が始まり、1697年にストラスブール共和国はフランス王国に併合されました。
こうしてこの街の新しい歴史が始まり、間もなくフランスとの関係から、
新たな経済的繁栄と輝かしい社会、文化生活が生まれました。

1870年、6週間にわたって続いた爆撃で、街は歴史的建造物と市街地のかなりの部分を失ってしまいました。
アルザス・ロレーヌ州都として新生ドイツ帝国に併合されました。

精神的にはフランスの一員である誇りを保ち続けましたが、
フランスに再統合されたのは1918年に第一次世界大戦が終結してからのことでした。

第二次世界大戦でストラスブールは度重なる打撃を受けました。
まず、1940年にドイツに占拠されて徹底的なドイツ同化政策を課されました。
続いて、1944年の8月~9月にかけて連合軍に街を爆破されてしまいました。
コレは悲劇的なミスの結果だったのですが、多くの犠牲者を出し広い範囲が破壊されました。

戦後、ストラスブールは様々な面でかつての黄金時代に保持していたヨーロッパ規模の重要性を取り戻しました。
1949年には欧州評議会の本部に選ばれ、1979年にはヨーロッパ共同体加盟9カ国の会議が置かれています。
ベルギーのブリュッセルと共にヨーロッパの象徴的な都市の一つになりました。


観光の見どころはイル川にに囲まれた旧市街に集中しています。
街のシンボル、ノートル・ダム大聖堂を中心に、
石畳の道に沿って切妻屋根の古い町並みが並んでいます。
その一帯はグランド・ディルと呼ばれ、ユネスコの世界遺産に登録されています。

イル川遊覧船に乗れば、グラン・ディルをぐるりと見渡せます。
また、旧市街の西側一帯は、プチット・フランスと呼ばれ、中性の美しい町並みが残っています。
ドイツの影響を受けつつも、独自の文化を育んできました。

strasbourg


ストラスブールの位置です♪


ストラスブール旅行記Part2』に続きます♪

camitaman

テーマ:パリ、フランス - ジャンル:海外情報

  1. 2007/04/29(日) 23:10:39|
  2.   *旅行・美術館・建造物
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ブリュッセルブリュッセルはベルギーの首都。正確にはブリュッセル首都地域という行政単位である。フランス語では Bruxelles, オランダ語では Brussel, ドイツ語では Br?sselである。沼、湿地(bruoc・ bruc ・ broek)家(sella ・ zele)という単語から来てい
  1. 2007/06/07(木) 21:28:51 |
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